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福岡高等裁判所 昭和25年(う)2433号 判決 1951年4月09日

控訴人 被告人 阿部博幸

弁護人 河野春馬

検察官 松本一成関与

主文

本件控訴はこれを棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、記録中に編綴されている被告人の弁護人河野春馬提出の控訴趣意書と題する書面記載のとおりであるから、こゝにこれを引用する。

同控訴趣意について。

しかし本件記録並びに原審において取調べた証拠に現われた事実によれば、被告人は原判決が認定しているように「金山踏切の遮断機の昇降如何に拘らず自動車を停車させるか車掌を下車先行させる等の適宜の方途を講じて同踏切通過の安全であることを確認して後に同踏切の通過をせねばならぬ業務上の注意義務があるのに拘らず当時たまたま右金山踏切番人をしていた挟間実五郎が右遮断機を降ろさずこれを上方に揚げたままにしてその職場を離れていた重過失によつて、軽卒にも列車との衝突の危険なきものと軽信して前記注意義務を怠つた業務上の過失を」免れないのであつて、本件事故は前記踏切番人の重過失及び被告人等の業務上の不注意が相互に競合して発生するに至つたものとみるのが相当である。従つて被告人に注意義務の懈怠なしとする弁護人の所論は採用できないばかりでなく、原判決は業務上過失に関する法条の解釈乃至適用を誤り罪なき被告人に罪責を負わしめたものであるとする論旨も亦到底採用できない。

そこで本件控訴はその理由がないものとして、刑事訴訟法第三百九十六条に則り棄却を免れない。

よつて主文のように判決する。

(裁判長判事 石橋鞆次郎 判事 藤井亮 判事 厚地政信)

弁護人河野春馬の控訴趣意

原判決は被告人が自動車運転士としての注意義務を怠つておらぬのに怠つたと判定した違法があつて破毀されるべきだと思料する。即ちその理由の中で(前略)「斯る場合には自動車運転士たるものは前記の状況に照し金山踏切の遮断機の昇降如何に拘らず自動車を停車させるか車掌を下車先行させる等の適宜の方途を講じて同踏切通過の安全である事を確認して後に同踏切を通過せねばならぬ業務上の注意義務があるのに拘らず当時たまたま右踏切備付の遮断機を降す可き責任のある前記私設鉄道従業員で金山踏切番人をしていた挾間実五郎の重過失により同人がその職場を離れて右遮断機を降さず之を上方に揚げた侭にしてあるのを見て軽卒にも右列車との衝突の危険なしと軽信して前記注意義務を怠り同踏切通過の安全性を確認せずそのまま徐行して自己運転の右乗合自動車を同踏切上に進行させた」云々と説示しているが右金山踏切は地形がわるく且交通量が多いので私設鉄道の方では遮断機を装置し踏切番人を置いてそれを昇降させ以て交通事故の防止につとめているのである(原審検証調書及証人挾間実五郎の証言調書)踏切番人挾間実五郎は列車の安全を確保すると共に踏切を通過する人畜及諸車の危険を防止する職責があり而もそれが唯一の職責であるに拘らず本件事故発生当時遮断機を揚げて道路通行の人車に対して安全信号をした侭その職場を離れて自宅に帰つていたため金山踏切に自動車が接近し列車が接近して来ても衝突の危険信号は全く発せられなかつたのである。

列車の運転士姫野則休も亦金山踏切通過に際しては危険防止につき相当の注意をする業務上の義務がある。而して同人は踏切の手前で踏切番人が平素と違つて踏切通過についての安全信号をしておらないのを認めたから其のまま進行すれば踏切で事故を起すであろう事は十分予想されたにも拘らず何時でも停車出来るよう列車の速度を緩める等危険防止の方途を講ずることなく(原審証人姫野則休の証言調書)しかも予定通過時刻の午後七時二分より七分も早く午後六時五十五分(検第二号検第二八号及検第二九号に時刻明記)に列車を通常の速度で漫然進行させたため被告人の運転していた乗合自動車に機関車を激突させ因つて其の自動車に乗つていた多数の人を死傷させたのである。若し列車が定時に運転されていたならば本件事故は起らなかつた筈である。このように本件事故については踏切番人と汽車運転士とに業務上の注意義務を怠つた責任のあることは明白である。道路交通取締法第十五条によると自動車は原則として踏切の手前で一旦停車せねばならぬとされているが例外として信号機の表示等によつて安全が確認されたときは停車しなくてもよいと定められておる。本件遮断機が前記法条の信号機に該当することは道路交通取締令第一条中信号機についての定義的規定に照らして疑のないところであり遮断機が降りているのは「止れ」の信号であり遮断機が揚げられているのは「進め」の信号を表示するものであることは勿論である。

被告人は本件自動車を運行するにあたり亀ケ鼻からエンヂンを止めて惰力運転を始め時速約十粁で進み、踏切の中心から約十四米手前でエンヂンをかけ六米手前頃で速度を時速四、五粁位に緩め且警笛を吹鳴した。

当時踏切番小屋は検第二号実況見分調書及添付図面並写真で明かな如く鉄道線路の北側県道の西側に南面して建てられており亀ケ鼻方面からはその小屋の中に人が居るか居らぬかは全くわからない状態にあつた。

その時刻即ち午後七時頃は踏切番人の勤務時間中であつたので被告人は踏切番人が番小屋の中若くはその附近に居ないなどとは全然考えず其の附近に居ることと確信して前述のように警笛を吹鳴した。従来列車が接近している場合には警笛吹鳴の前後を問はず踏切番人が踏切附近の路上に出て遮断機を降していたので其の時も踏切番人が自動車の警笛を聞いて番小屋から出て来るかと思つて被告人はしばし前方を注視したが遮断機は揚つたままで番人は番小屋から出て来なかつたし又下り列車の通過時刻より七分も早いのでこのまま踏切を通過しても自動車に危険はない(時速四粁としても踏切を通過するには三秒か四秒で充分である)と考えて自動車を進めたのであるから被告人としては自動車運転士として業務上必要な注意をつくし安全を確認して行動した次第であつて原判決の説示するような過失の責任を負わされることはないのである。事実、番人が居り遮断機を昇降することによつて交通の整理をしている踏切で而も踏切番人の勤務時間中に遮断機が揚つておる場合、その踏切の手前で自動車を停車させたり車掌を下車先行させたりして踏切通過の安全を確認した上で、その踏切を通過するというようなことは殆ど見受けられないし又その必要もないのである。即ち原判決は業務上過失に関する法条の解釈乃至適用を誤り罪なき被告人に罪ありとしたものと云はなければならない。

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